多様な働き方ができるようになった現代では、業務の円滑な引き継ぎや標準化が、多くの企業で課題となっています。引き継ぎには業務のマニュアル化が欠かせませんが、長年培われた現場の知恵や経験を、トップダウンでの押しつけだけでマニュアルにするのはなかなか難しいものです。今回は、引き継ぎができる業務マニュアルの作り方について説明します。
みなさんの職場でも、それまで担当だった人が退職したとたん、業務が停滞してしまったという経験があるかもしれません。特に、属人的でノウハウが共有も引き継ぎもされない業務に起こりがちです。多くの企業で、ノウハウが自然に共有されることはめったにありません。その大きな理由を挙げます。
そもそも、自ら進んで仕事の知識を他人に共有したいと思う人ってあまりいませんよね? 時間をかけて他人のために資料を書くくらいなら、もっと顧客への営業に時間を割いたほうが上司から評価されますし、同僚が仕事ができるようになったからといって自分にいいことはひとつもありません。ごくまれにそういう人がいたとしても、一斉配信でメールするわけにいきませんし、会社の機密情報をブログやSNSに書くこともできません。つまり伝えるための手段も非常に限られるわけです。
つまり、業務のノウハウを共有するには、組織の体制と、使用するツールの両方からアプローチを行う必要があることがわかります。
組織内で知識が共有されるサイクルを表した「SECIモデル」というものがあります。なんだか難しそうと思われるでしょうが、要するに昭和のおじさんが背中で語っていたのが「暗黙知」で、それをスマホでも読めるマニュアルにしたのが「形式知」です。形式知を組み合わせることでさらに新たなノウハウが生まれ、新たな暗黙知になります。このサイクルは自然発生的にできるものではありません。経験とカンに頼っていた暗黙知を、きちんと体系化して文書化された形式知にするためには、組織的に業務のマニュアル化や標準化に取り組まなければいけません。
ではどうすれば業務が引き継げるようになるのかについて、無印良品の事例を紹介しつつ考えてみましょう。無印良品では、前会長の松井氏が社長に就任時、徹底して業務のマニュアル化を行ったそうです。
それまでは各店舗の店長のセンスや感覚に店づくりを任せており、店長によって商品の配置や接客のしかたもばらばらだったそうです。そうすると店長が退職などでいなくなってしまうと、お店のノウハウがなくなってしまいます。そればかりか、お店の質が個人の力量に依存してしまうので、いい店づくりができる店長が一定数いたとしても、半数以上のお店は、標準以下のレベルになってしまっていました。この状況に強い危機感を覚え、誰がやっても80点以上の及第点の店作りができるよう、徹底的に業務の標準化を行っていったそうです。店舗向けのディスプレイや接客方法などをまとめたマニュアルが2,000ページ、すべての部署の業務をマニュアル化した業務基準書は6,000ページ以上に及びます。本を読むと、ここまでのマニュアルを作成して運用するまでには相当な苦労を伴ったことがわかります。ここでは本の中から、いくつか参考になりそうな指針を挙げてみます。ご興味を持った方はぜひこちらの書籍を手にとってみてください。
Before
After
マニュアルというと、どうしても上層部が作ったものを、書かれてあるとおりに現場がこなす、というイメージがあると思います。そうするとスタッフがマニュアルに書かれていることしかできなくなり、受け身の仕事になってよろしくないと感じる方もいるでしょう。無印良品によると、マニュアルは社員やスタッフの行動を制限するためのものではなく、むしろ自発的に業務を改善するためのものであるといいます。具体的には、現場発の意見や提案を定期的に本部で精査して、業務マニュアルに反映されるプロセスがあります。これによって、現場を知らない人が作ったマニュアルになることを防ぐとともに、マニュアルの作成は会社の業務として行うものであり、全社員、スタッフが問題点を見つけて改善する姿勢を会社として評価しますよ、というメッセージにもなります。日々変化する状況に対応するには、マニュアルも常にアップデートする必要があります。トップダウンだけでは役にたたないマニュアルになってしまうし、ボトムアップだけではビジネス視点のないマニュアルになってしまうので、バランスが大事です。
ではいきなり業務マニュアルを書きなさいと言われても、書いた経験がないとなかなか難しいものです。またマニュアルの観点に統一感がないと、読む側も混乱してしまいます。あとでマニュアルを直そうという場合でも、このマニュアルは何のためにあるんだっけ、ということが分からないと、直しようがありません。こうならないように、業務マニュアルを書くときには、Why/What/Howを必ず含めるようにするとよいでしょう。
| Why(なぜやるのか) | 最初に目的を説明する |
| What(なにをやるのか) | 用語の定義や、作業のゴールを説明する |
| How(どのようにやるのか) | 詳しい手順を説明する |
例えば、「キッチンの清掃」のマニュアルを書くのであれば、次のように記述します。実際はもっと具体的で細かくなるでしょうし、図や写真を取り入れるとより理解が深まります。
Why(なぜやるのか):キッチンを衛生的に保つため。物品の汚れや破損がないか確認するため。
What(なにをやるのか):換気扇の清掃。シンク、排水溝の清掃。
How(どのようにやるのか):油汚れには重曹を使用する。素手で触らないように注意する。
Why/What/Howについてはこちらの記事も参考にしてみてください。
同じマニュアルを読んでも、ベテラン社員とアルバイトとでは、書かれていることの解釈が違ってしまうかもしれません。これだと仕事の「基準」にはならないので、マニュアルは100人読んで100人が理解でき、かつ解釈のぶれがないものでなくてはなりません。普通の感覚だと、マニュアルには簡潔さや正確さが求められるので、ついつい一般的、抽象的な用語を使って、例えば「迅速に対応を行う」などと書いてしまいがちですが、抽象的な言葉は理解しにくく、解釈のぶれが生まれてしまいます。店舗を清潔にしましょうとマニュアルに書く場合には、「清潔」とはどういう状態なのか、埃一つ落ちていない状態なのか、汚れたものが目に入らなければいいのか、より具体的に記述する必要があります。
文書以外にも引き継ぎの資料として使えるものはたくさんあります。例えば、以下のような情報をデータ化して、誰でも見られる状態にしておくだけでも立派なマニュアルとして利用することができます。
マニュアルを作るにあたって、優先されるのはやはり日々行われる業務であったり、売上に大きく作用するような業務であったりすると思います。ここでぜひ提案したいのは、年に一回くらいしか行わない業務こそ、マニュアルを作るべしということです。年に一回しかやらない仕事って、数えたら10個くらいはありますよね? そうすると毎月なんらかの年に一回しかやらない仕事をしていることになります。そういうものは毎回すぐに忘れてしまいますから、思い出したり去年の資料を探したりするのに非常に時間がかかります。1000人の社員が毎年年末調整の書類を書くのに1時間かかっているとしたら、半分に短縮するだけでかなりの時間が節約されることになります。
せっかく苦労してマニュアルを作ったのですから、みんなに活用してほしいですよね。作ってみたはいいものの、誰も読まれずに放置されてしまったのでは意味がありません。そこで利用される業務マニュアルにするためのポイントをいくつか紹介します。
フィードバックして一緒に改善できる体制をつくる
上層部主導で業務を標準化する場合にありがちなのですが、現場で使いたくない非効率なマニュアルになっていることがあります。こっそりマニュアルに書かれていない手順で作業を行うようになり、どんどん形骸化してしまいます。目的(Why)が明確でない場合も、その作業を行う意図が共有されないので、書かれてあることをなかなか実行してくれません。これを防ぐために、現場の担当者自らがマニュアルを作成し、改善できるのが望ましいです。また、マニュアルが適切に運用されているかチェックできる体制にするのもよいでしょう。
定期的にマニュアルを更新する
業務は時代に合わせて日々変化するものですから、マニュアルもまた生ものといえます。一度作ったきり更新せず放置しておくと、書かれてある内容と実際の業務とに乖離が生じて、役にたたないマニュアルになってしまいます。業務プロセスの中に、定期的にマニュアルを更新する期間を設けるなど、有効性を保つしくみを取り入れましょう。ITツールを使ってマニュアルを作成する場合は、更新履歴を辿ることができ、操作が簡単で誰でも編集できるものを選びましょう。
必要なときにアクセスできるようにする
マニュアルが必要なときに使えなければ、せっかく作成しても活用されません。現場で作業する人や、営業の社員がスマホでアクセスできるようにするなど、簡単にアクセスできる環境を整えることが重要です。紙媒体のマニュアルよりも、ITツールを使ったマニュアルの方が、迅速にアクセスできます。検索機能を利用することで、必要な情報をすぐに見つけることが可能です。セキュリティに配慮して、業務に応じたアクセス権を適切に設定して、必要なメンバーだけが見られるようにします。もちろん、マニュアルの存在を知らないとそもそもアクセスできませんので、きちんと周知し、社員に見てもらえるよう働きかけましょう。
今回は引き継ぎできる業務マニュアルの作り方についてまとめてみました。これまで秘伝のタレのように属人的に行われてきた業務をマニュアルで標準化し、誰でも引き継げるようにすることで、事業をより盤石で持続性のあるものにできます。またISOの取得において作業の標準化を求められることもあるでしょう。業務マニュアルの作成にあたって、この記事が参考になれば幸いです。